#594 シャベルの音


提供者:ぽえむさん
体験者:本人
場 所:青葉区 (南吉成と権現森)
掲載日:2007/08/26

私は宮城県出身で現在は関東に身を置いています。
私は高校卒業時まで青葉区の住宅団地として有名な南吉成に住んでいました。
南吉成は比較的、歴史の浅い地名で昔は「吉成」あるいは「芋沢」の 地名で呼ばれていた地域です。
地域の特徴として、国道沿いは地域開発に伴う発展を遂げていますが、 住宅が立ち並ぶ地域は森や林に囲まれ、非常に閑静で団地としては きれいに整った様相を保っています。
権現森は南吉成の自然を形成している森で、 地元の人からも親しまれている森です。
人口林ではなく、自然林による森なので多くの動物が住んでいる 豊かな森でもあります。
しかし、権現森には地元の人でも一部しか知らない悲惨な出来事と それに関連する私の奇妙な体験があるのです。

高校一年の夏、私は地元の友人2人と夜の9時ごろ学校の校庭 (南吉成中学校)に集まり、 ちょっとした肝試しをしていました。
そんなノリで友人の1人が
「今から権現森に行ってみっぺ」
と言い出したので、
(今思えばヒヤヒヤしますが・・)私達は懐中電灯をコンビニで 買ってから権現森に行くことにしました。
権現森の頂上には古い小さな社があるので、 そこを目指すことにしました。
権現森にはあまり知られていない道がいくつもあり、 私達はあえてあまり整理されていない道を進んでいきました。

夜の森というのは想像以上に怖く、私は森を歩き始めてすぐ、 友人2人に
「帰ろう、なんか普通に危ない気がする」
と提案しました。
友人達は無理をしていたのか、 本当にそう思っていたのかは知りませんが、
「なさけねー!」「だいじょぶだって!」
と笑いながら普通に森の中を歩いていました。

しばらくして、分岐点にさしかかり、どっちに進もう、という話になったとき、 友人の1人が
「どうせ社で合流すんだから二手に分かれっぺ」
と言い出しました。
私はもうこれ以上進むのは限界だったので
「本気でもう帰ろう」
と強く説得しました。
友人の1人も内心、怖かったらしく、すぐ同意してくれたのですが、 言いだしっぺの友人は
「1人でも行く」
と言って聞き入れてくれません。
どうせ1人じゃ怖くなってすぐ戻ってくるだろうと思い、 私達はその友人を無視して引き返すことにしました。

しばらく後ろを気にしながら、
「まだかまだか」
と思いながらゆっくりと歩いていたのですが、 森の入り口まで引き返った時点でも、 一人進んでいった友人は戻って来ません。
しかたがないので、私達は分岐点の場所までもう一度行ってみることにしました。

再び、森に入った瞬間、私はぞっとすることに気づきました。
「あいつ懐中電灯持ってない!」
一緒にいた友人も気づいてなかったらしく、
「迷ったのかもしれない」
と表情が引き攣っていました。
懐中電灯は一つしか買っておらず、その懐中電灯は私達が持っていたからです。

夜の森の中というのは真っ暗で、 月明かりがほんの僅かに周囲を照らしてくれるものの、 ライト無しで進むには到底、無理な状況でした。
私達は今までの怖さを忘れ、走りながら分岐点に向かいました。
分岐点の場所に差し掛かっても友人はおらず、 友人が進んでいった左の道へ進み、 友人の名前を叫びながら私達は歩き続けました。

しばらくして、応答する声がしたので、 立ち止まって懐中電灯を四方にあててみると左前方の脇道に友人がしゃがみこんで! いました。
「だいじょぶか!」
と声をかけると友人は泣きそうな表情で
「ありがとう」
と力ない声で答えました。
三人で引き返している途中、なんだかさっきまでの緊張もとけ、 私ともう1人の友人は意地をはって迷子になった友人を おもしろおかしく笑っていたのですが、 当の本人はまだ怯えた様子が抜けきらないようでした。

「何か見たのか?」
と冗談で聞くと、
「シャベルの音が聞こえた」
と言うのです。
少し、怖くなりましたが嘘で怖がらせようとしているだけだと思ったので
「へー、シャベルの音ってどんな?」
とさらに聞いてみると
「何かを掘ってるみたいな音。すぐ傍で聞こえたんだ。 何度も何度も。本当に聞こえた。だから社まで行けなかった」
と言うのです。
シャベルの音という発想自体が何だかリアルで本気で怖くなってしまい、
「もういいよ、これ以上しゃべんな」
と友人に言い私達は急ぎ足で森の出口まで歩きました。

それまでの時間が私の人生の中で一番恐ろしかった。
当の友人は森を出た後もからっきし元気がなく、 私ともう1人の友人も怖さが伝染して、 あまりしゃべらず速で住宅街に向かいました。

その後もシャベルの音の件を100%信じることはできず、 会う度、当の友人に問い詰めていますが、 どうやらシャベルの様な音は本当に聞いたようです。

今回、この投稿サイトへこの話を投稿したのには、 この友人の体験が本当であると信じることができる権現森に関する話を 知ったからです。

現在の権現森に隣接する地域(南吉成〜中山台)には「芋沢村」があり、 戦時中〜1960年代後半にかけ、鉱石を産出する産業が始まった。
しかし、鉱石といっても山ではなく森で採取できる亜炭で、 膨大な量の産出を求められながらも微々たる収入しか得られなかったため、 鉱石の産業は停止と操業を繰り返し、芋沢村は非常に閉塞し、 不安定な貧しい地域だった。
そんな芋沢村で悲惨な出来事が起こる。
亜炭の採取をめぐり、争いが起こった。
鉱石産業の停止を望む過激派が鉱石産業の持続派を虐殺する事件が起こったのだ。
殺された人は多数に及び、中には鉱石を採取中に 人知れず殺された人もいたらしい。
後に旧芋沢村跡の地域には村の規模に合わない数の寺社や祠、社がたてられた。
(実際、やたら同じ地域に密集している。活牛寺、慈恵院、正法寺など)
それは犠牲者の数が多かったことと、それに関連する霊の噂が すさまじかったことが理由だそうだ。
このことは旧芋沢村地域に住む私の友人が祖母から昔、聞いた話だそうで、 年代を考えてみても、信憑性は高いと思われる。
「シャベルの音って、採掘道具で旧芋沢村の事件で亡くなった人が 今でも亜炭の採掘を続けている音だったのかもね」
友人が言ったその言葉を聞いた時、 当時の私達がとった行動が信じられなくなる程、恐ろしくなったものである・・・


追加情報
  • (2007/09/23)
    ひるあんどんさんからの情報
    どうもいけませんな!これは!
    芋沢地区に亜炭鉱採掘の話など仙台市の歴史を紐解いても書かれていないし・・・
    工夫虐殺の話は花岡事件と三井三池炭鉱争議の掛け合わせのようで・・・
    青葉山の亜炭採掘は40年代〜50年代で終わっているし・・・
    活牛寺、慈恵院、正法寺の寺は戦前から存在してるし・・・
    考証が強引ですね。