もう十年も前のことです。
当時、私は大学に通っていて、恐いもの見たさと女性との親密度を深めるという
不謹慎な発想で、心霊スポットと呼ばれる場所へ、仲間と頻繁に行っていました。
どんなに噂のある場所に足を運んでも、時折噂で聞くような不思議な経験もなく、
自分にはそんなものは見えないんだなと思っていたのですが、
あるとき 関山峠で不思議なものを見たのです。
その日も、合コンで知り合った女性二人と男性二人の計四人で、
真夜中にドライブして関山峠に向かいました。
関山峠と言えば当時から指折りの心霊スポットとして有名で、
そこに夜中に行くなんて尋常では考えられないことでした。
そこに行くんですから、本能的な心細さと圧倒的な真の闇の力で、
間違いなく女性達と親密になれるという確信もあり、
これから向かう場所に囁かれる噂とは裏腹に胸踊らせながら車を走らせたのです。
旧道の存在は知っていました。
一度、昼間に別のメンバ−でトンネルまで行ったことがあります。
宮城県側は雑草が生い茂り、しばらく行くと前進不能。
山形県側からトンネルまで行けるのですが、宮城県側にある鉄格子を見ると、
とても中に入る気にはなれませんでした。
昼間に行っても人を寄せつけない迫力がある旧道のトンネルに、
夜中に辿り着こうなどとは思っていません。
最初から、宮城県側の旧道に入ってある程度進み、
気分を盛り上げて戻るつもりでした。
と言うのも、宮城県側から入ってすぐの場所に石碑が建っているのです。
そこまで行けば初めて見た人なら必ず驚くし、まして夜中です。
自ずと不安は最高潮になり、
来たということに十分に見合う経験になるはずだったのです。
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石碑というのは、1メ−トル位の自然石の表面を平らにして文字を刻んだもので、
付近の気象条件の厳しさからか、文字がすり減っていて大半が読めません。
始めの書き出しが『この碑は 昭和ニ十○年の事故による〜』までは
解ります。
中盤の部分はほとんど読めず、最後に建立の日が『昭和三十○年〜』
になっていたのを覚えています。
つまり、事故が起きてから十年近く経ってから資金的な事情からか、
もしくは、建てざるを得ない状況で建立したのだと私達は判断したのです。
卒塔婆もありました。
非常に真新しい一本から、今でも遺族の方がお参りに来ているのがわかりました。
さて、実際に現地に着いてニ組に分かれ、各々が懐中電灯を持って、
少し時間差をつけて出発しました。
ごく希に通過する車の音以外、まったく何も聞こえない付近の静寂さと
普段体験することのできない漆黒の闇にみんなの気分も盛り上がり、
不思議な期待感と共にゆっくりと歩き始めたのです。
私が前になって進んだのですが、進み始めて間もなく
奇妙な光が浮かんでいるのに気付きました。
10メ−トルも離れていないところに
バレ−ボ−ル程度の大きさのおかしな光が浮いています。
高さは2メ−トルから3メ−トルの間くらいです。
普通、暗闇で光りを見ると その光源から放射状に光りが広がって見えるものです。
ところが、その光はその大きさのままで、まるで眩しい感覚を感じないのです。
放射状に光りがひろがるようには全く見えず、
とにかくその大きさでしかありません。
色は白か青の中間くらい、雰囲気としては少し暗目の蛍光灯という感じでした。
奇妙なことに、そのとき一緒にいた女性は、
振り返って後ろの二人と話しをしていたので、
その光は私しか見ていませんでした。
私は持っていた懐中電灯をその光に向けました。
すると その瞬間、その光がゆっくりと動き出したのです。
ゆっくりと左へ、次に右へ、ゆっくりゆっくり動いて行きます。
私もそれに合わせて懐中電灯の光りを動かしました。
右に大きく動いた後、引き寄せられるように下へ移動しました。
私も追いかけて、下へ光りを移動させたのですが、
そこには以前見た石碑があったのです。
・・・
不思議な光が消えた場所は石碑でした。
まるで吸い込まれるように、そこへ入っていったのです。
私はみんなに
『とにかく今日は帰ろう。街へ帰ったら話すから、
いまは戻ろう。これ以上進んじゃだめだ』
と話しました。
普段 決してそんなことを口にしない私の態度に異変を感じたのか、
引き返すことにしました。
引き返す途中や帰ってから、特に何かがあった訳ではありません。
ただ、間違いなく見たのです。
それ以後、ときどき人にこの話をするのですが、どうも上手く
その光のことを伝えることができませんでした。
ところが、先日テレビで「座敷わらしの出る温泉」というのをやっていました。
そこで、TVカメラに映っていた動く光が、
あのとき私の見た不思議な光と非常によく似ていました。
テレビに出演していた霊能力者は『この光が霊魂です』と言っていました。
私には真相はわかりません。
それに、あれ以来何も見たことはありません。
ただ、あの光が霊魂だとすると、私は納得できるのです。
もしかして、あれが古来より語り伝えられている『人魂』なのかもしれません。