青葉区○凸にある公共施設。
元火葬場に建てられただけに霊感の強い人はかなり見える。
私の友人にも霊感が強い人がいますが、先日も 空襲で亡くなった人らしき女性や子供がたくさん見えたと言っていた。
その人間はそこの住民であるが、ケロッとした顔をして話していた。
今でも金縛りにあう人間は無数にいて、公然の秘密らしい。
昔火葬場だったというのも事実らしく、誰か見に行ってみませんか?
ちなみに、僕は男なので侵入すると捕まる (侵入したいのはやまやまですが)ので確認はしていません。
そのうち事件でもあるかも・・・
すくなくとも、そのときには既に火葬場はなかったわけですから、
いまからすれば、20数年以上前に廃止された火葬場だったわけですね。
わたしの友人のN@54Jさんなんか、
古い仙台の地図を調べて、新寺とここに火葬場があったことを確かめました。
わたしは近くに火葬場があったとはSパンに住んだ当初知りませんでした
が、ある日、サークルの部室で、K@52Jさんがなにやら、
「寺の中の煙突っていえば、『火葬場』にきまっているじゃあない。」
とI@52SさんやO@53Jさん
と話していたのを聞いて、もともと火葬場だったのかと理解した次第。
好んで住んだのではありません。為念。
で、市民センターっていうあの建物は、わたしたちのころ、
○凸福祉会館といいました。
そして、女子寮とは、泣く子も黙る某北大の「如○寮」ですね。
でも、いくら娑婆に未練があるといっても、
知らずにそんな魑魅魍魎の館、失礼、もとい、麗しき乙女の館へ
のこのこ出てくる幽霊のほうが気の毒な気がします。
建物自体はまったく取り壊されていて、平地となっていました。
そこへ前述の建物が建てられたように記憶していますから、
一部の記述とは矛盾する箇所もあるようです。
ただ、このへんのところについては、同じSパンの住人のY@53Sさんは、
つぎのように述べています。
「『建て直されたのではなく、改装』というのは誤りでしょうが、
既存建物の解体にあたり、炉の煙突の基礎部分等の地中障害物の撤去は
工事金が掛るので、撤去しない場合があります。
即ち、炉の煙突の基礎部分等がそのまま残っている可能性があります。
また、地中障害物を撤去する場合も、掘り出して場外搬出するのは、
金が掛るので、アースドリルで粉砕してそのままにしておく、
つまり、炉の煙突の基礎部分等を細かく砕いてそのまま地中に
埋めたままにしてある可能性があります。」。
また、○凸福祉会館の当時の知名度について、Y@53Sさんに言わせれば、
「私がSパンションにすんでいた昭和54年4月〜昭和57年3月当時、
当該『○凸福祉会館』は認知度が低く、タクシーに乗って、
『○凸福祉会館』と言っても運転手が『○凸福祉会館』を知らず、
『昔の火葬場』と言い直して初めて目的地を運転手に理解して
もらった経験が何度もありました。」
とのことです。
確かに知らない運転手が多かったのは事実で、
わたしも「昔の火葬場」と言ったことが何度もありました。
東北線の夜行で真夜中に仙台に着いて、駅前からタクシーに乗るのに、
「昔の火葬場」と行き先を告げるのに抵抗ありますよね。
こいつ何者よという目で見られていたのかもしれません。
そういえば、そのY@53Sさんなんか、○凸福祉会館の裏のほう、
ちょうどお骨捨て場のうえあたりに、
平気で「紫色の気持ちの悪い」ファミリアを無法駐車していたような。
亡霊だってあんな10万円そこそこの不気味な車に祟りたくないという
気がするでしょうよ。
十分乗りつぶした後、それを後輩に3万円で売ったのだから、極悪非道。
幽霊や亡霊より人間の方が恐ろしいとはまさにこのことですね。
もともと昔から火葬場があったのか, そんなことがあったから火葬場ができたのかは知りません。