#338 宮町通り
(青葉区)
(2003/04/19) とみさんからの情報提供です。
私は、1年ほど前から宮町に住んでおります。
私には生まれてこの方霊や霊感などありませんし、
体験したこともありませんでした。
宮町通りから北一通り付近なんです。
その夜今の彼女とセブンに行った帰りでした。
彼女が急に反対側の歩道を凝視したんです。
「なに?」
たずねると・・・
「別に」
とのことでした。
部屋に着くなり気になったので、問いただしてみました。
すると
「あなたがビックリすると思って言わなかったんだけど・・・
さっき反対側の不動産やの電柱のところで自転車乗った人が居たでしょ?」
確かに私は歩きながら、そちらは視界に入っていて
自転車があったような気がしました。
「その人・・・頭とひざ下がなかったの。」
彼女のまじに震えてる姿を見て、私も鳥肌が立ちました。
宮町通りは頻繁に事故があります。
夜中歩いていてもイヤな感じはあります。
関連スポット→(スポット#380「北一番丁界隈」,
スポット#176「東照宮前の踏切」)
(2003/05/17)
カズチャンさんからの情報
私は宮町に住んでおります。
「宮町通り」は北から南へ真っ直ぐに通っていますが、
見通しのいい道路のわりには、事故が多発しています。
霊感の少し有る私にも、夜そこを通ると何やら背中がぞくっとする気配を感じます。
宮町通りの北には「東照宮」が有り、
昔はそこから新寺小路付近まで見通せたそうです。
「東照宮」は伊達家が鬼門封じに建立した神社です。
これも一因しているのではないかと思います。
(2003/06/28)
カズチャンさんからの情報
先日も、北六通りとの交差点で小学生が車にはねられ亡くなりました。
とにかく事故の絶えない通りです。
(2003/10/04)
YMMYさんからの情報
20年くらい前に仙台に引っ越してきて、
しばらくたってから父が知り合いから聞いてきた話ですが、
昔、宮町は女郎屋の建ち並ぶ町だったそうです。
あるとき大火事があり宮町ではかなりの被害があり、
沢山のお女郎さんたちがなくなったそうです。
そのせいで幽霊のでやすい所だという話でした。
大火事についてしってる人はすくないですが、心霊現象についてはよく聞きます。
大火事について知ってる方はたぶん年配の方ではないかと思います。
私も気になっていたところ、たまたま昭和20年生まれの
東仙台に住んでた方が知っていたので
聞いてみたところ、大火事は昭和始めごろにあったことらしいです。
火元は宮町ではなく大梶という町であの辺り一帯が燃えたらしく、
特に被害を受けたのが、女郎屋の建ち並ぶところだったそうです。
押し込められた狭い部屋で逃げ場もなかったのではないでしょうか、
衛生的にも生活状況はよくなかったようです。
宮町から東仙台の梅田川の川岸には性病や結核でなくなった女郎さんがたの
遺体が沢山おかれていたとのこと。
東仙台には脳をおかされた方や余命がわずかな方の療養所もあったそうです。
宮町は戦後まもなくまで売春宿としてあったようです。
2階建ての木造屋の1階がうなぎを食べる店で、
2階が狭い"そういう部屋"だったようです。
話はどこまであっているかは教えてくれた方も
実際を見たわけではないのでわかりませんが、
たぶん報われない思いで強く念を残して亡くなった方は
たくさんいるのではないでしょうか
そういえば宮町は、仙台で最初に栄えた町ともききました。
江戸時代から栄えた町だと思います。
(2003/10/13)
ペンネさんからの情報
ここら辺は地元なんですけど、
火元が大梶だとものすごい火事になると思います。
何故かと言うと、大梶から宮町までは一直線で行っても
大梶→幸町→中江→小田原→福沢町→宮町
と6つの町を含む程の相当な火事になるのです。
昔の地理だと多少違うかもしれませんが、
かなりの火事には違いないと思うので、知ってる人は結構いると思いますが?
(2003/11/01)
求むパセオさんからの情報
宮町通りの火事のことについては色々な事実があったようですね。
火元は大梶とありましたが、これは"オオカジ"と読むのでしょうか?
だとしたら大火事を連想させますね。
事実は地名に隠されていた・・・・・ちょっとおおげさかな?
(2003/11/09)
YMMYさんからの情報
(2003/10/13)掲載のペンネさんからの情報で『大梶が火元だとしたら、
かなり広い範囲』だとありましたが、
わたしもよく車で通るので、それはなんとなく本当かなと思ってました。
聞いた話では大火事からオオカジという住所になったとか?!
宮町から大梶までが雑木林だったらありえるのかな?
と考えたりしましたが、
もっとはっきりしたことが知りたくて、今仙台の歴史について
本を探しているところなんです。
今までわかったことは、宮町は江戸時代に
藩からの援助を受けていて後だてがあって栄えていた町だそうです。
お祭となると大きな山車が出て仙台の一番大きなお祭だったそうです。
明治に入ると、藩がなくなり町が廃れてしまい、
前のように町を盛り上げようとして西公園北側にあった
女郎屋を宮町に移したそうです。
明治27年に遊郭の入り口として北一番丁に大門がつくられ、
30戸程の2階3階建ての建物としてあったそうです。
そしてまた町はにぎわったとのこと。
遊郭のあった場所は現在マンションか事務所などが建ってます。
大火事についてですが、資料がみつかりません。
仙台では大正から昭和あたりに大火事があったそうですが、
1919年に南町で起きた火事についてしか分かりませんでした。
また、なにか分かりましたら、報告します。
先ほどのお祭の話しですが、現在そのお祭りを
再現したのが青葉まつりだそうです。
あと、宮町に女郎屋があったことは地元の方たちの中には
触れて欲しくないという想いもあるそうで、
この先資料にももしかしてのらなくなるかもしれないとありました。
地元の方、すみません。
(2004/05/01)
ミズノさんからの情報
私の家は、小松島です。…小松島と言っても、
某小学校のすぐ近くですので、宮町通りとは目と鼻の先。
私は幼い頃に幸町から小松島に引っ越してきました。
はじめて宮町を通った時、なんかヤダな…と思ったのを覚えています。
今はそれほどでもありませんが、
どことなく違和感を感じる場所です。
見晴らしがいいのに事故が絶えないせいかもしれませんけど...
宮町に売春宿があったことは、ついこの間父が言っていたので知っています。
その時は信じていませんでしたけど、
ここでお話を聞いていると、事実なのですね...
(2004/10/16)
ぷーやんさんからの情報
宮町についてですが、自分は今年の春まで仙台の某居酒屋で働いておりました。
食材を配達していた業者の方で、宮町に40年以上お住まいの方がいて、
昔のお話を度々聞かされていました。
やはり、大火事もあったそうです。
それから、宮町通りを仙台方面から東照宮に向かって行き、
線路の手前のコンビニがある交差点を右(東仙台方面)に曲って
すぐのエリアは昔墓地だったらしいです。
もう10年以上前の話らしいのですが、
自分が働いてた店の姉妹店が宮町にあり、その店には座敷が3部屋ありました。
その一番奥の部屋の角の壁?柱?どちらか忘れましたが、
人の顔が浮かんできたらしいです。
すぐに会社でお祓いを頼んで、それ以来何もないのですが、
たまにヘルプで行くと、ちょっと違った空気が感じられます。
今は取り壊されましたが、その店の裏にも廃墟があって、
薄気味悪かったのを覚えてます。
(2006/05/06)
マリモさんからの情報
仙台に来て3年目、半年前まで小田原に住んでいて、
今は宮町通り沿いのマンションに住んでいます。
仕事で夜勤が多く、帰宅するのが午前2時以降で車も通らない時間に
毎日一人で仕事場のある中央から宮町通りを歩いてますが、
今まで恐怖を感じたことは一度もありません。
怖い話も聞いたことがありません。
家の近くにセレモニーホールもありますが、全然怖くありません。
宮町・小田原は街まで近く、スーパーや飲食店、銀行、その他
色んなお店があるので生活に便利な場所と言われているようです。
学生も多いですね。
宮町に住むことを決めるまで、街中の不動産屋をかたっぱしからあたり、
自殺・他殺・窃盗・通り魔・やくざ・・・色々と情報収集しましたが、
仙台の中心部に徒歩圏内の場所なら一番生活に便利な住みやすい所では
ないかと思います。
私の場合は幽霊よりも通り魔や窃盗のほうが怖いので、
いつも注意しています。
あと、エッチ目的ではないかと思うのですが、
変なお兄さんやオジサンが声をかけてきて、
非常にしつこくつきまとってくることが多いです。
女性は夕方以降は特に、幽霊よりも人間に注意したほうがいいです。
(2007/07/22)
みーさんからの情報
大梶から宮町までの大火事の話ですが、本当に広範囲な火災であり、
その公式記録が無いというのは不自然です。
仮に大火事があったとして、原町や東仙台は類焼しなかったのか気になります。
風に煽られるとしたら、むしろ東仙台駅周辺の方に延焼するはずですから。
戦後直ぐの空中写真(国土地理院のHPで公開されています)を見る
(1946年6月16日米軍撮影、USA-M167-A-4-6)と、
今の大梶から宮町(小田原)の遊郭があったところまでは、ほとんどが田んぼです。
戦前に雑木林が燃えたからこそ田んぼになったんだという見方も
できないわけではありませんが、みすみす燃えていくのを
周囲の人達は手をこまねいて見ていたというのでしょうか。
途中の木を倒したりして、燃え広がらないようにしたはずです。
途中には梅田川があります。その川をも飛び火したというのでしょうか。
大火事の記録を探している方もその文献が見つけられないとなれば、
自ずとこの話は全くの作り話という結論になってしまいます。